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思いついたときにただ色々書いています

エメラルドグリーンの秋風

 一晩中つけていたエアコンを消して窓を開けると、台風接近による秋の風が吹いていた。その風にのって、子供の"鳴き声"が聞こえる。朝から泣いてしまうなんて、いったいどんな悲しみ、怒りがあなたに訪れたのか。一晩中泣き腫らしていた自身に自問自答するよう、思う。新しく買ったレースのカーテンからは依然灼熱の日差しが照りつけ、腫れた目をより重たく、開閉できないものにさせた。

 

 昨晩はずっと、本屋でふと立ち読みした村上春樹の短編小説のことを想った。仕事の休憩時間が迫る中、ふと手にとった彼の短編小説。ちょいとダサめの、エメラルドグリーンの表紙が印象的。迫りくる時間の中、読めるだけ読んだ。そこには何でもないただの男と女の視線やぼやき、でも夢だけはあることが描かれており、その男と女はやがて何でもないセックスをして、行為中に互いの好きな人の名前を呼んでしまうかもしれないと言い合うところまでを読了する。次のページにあった、女が作った詩を読むのは控えた。

 エメラルドグリーンのダサめの表紙だけだったら、手にとって読むなんてこと、しない。金色で彫られた村上春樹の文字があったから、読んだ。読んだのだけど。もしかしたら、エメラルドグリーンの表紙だけでも、あの時の私は立ち止まってこの本を手に取っていたかもしれないとも思った。そのくらい、読んだたったの数ページに描かれていた男と女の、ただの生活に、感動したのである。吸い込まれるようにして手に取ったのには、理由があったのである。

 眠れなくて、読まなかった詩のことを考えていた。女は詩人を目指しており、自作したと思えるほど簡易的な冊子本を一冊、出版(とも呼べないかもしれない)したどまりで、様々なアルバイトをして生計を立てていることが数ページに在った。女が書いた詩を読まなかったのは、そこがきっと"重要"で、この先は有料ですと言われているようだったから(しかし大抵この予想は外れる。小説はもっと重要なことだらけ)。私は必ず買いに来ますと本に言い残して、仕事へと戻った。

 しかしここまで、女が書いた詩にどんな言葉が並んでいるのかが気になって、男がその詩にどんな感情を起こすのかが気になって、男と女のことを、想ってしまうなんて。それは生活を送る男と女に、泣き叫ぶ子供が抱くような憧れや嫉妬心を向けているからだとすぐにわかった。生活を送ることを"する"ように生活を送る世間、そして自身へのマイナスな感情をぶつけた。何処に当てたらいいのかわからないものを、何処かにひたすらに当てていった。

 

 

 

 自分がここまで平気なフリをしていたのだと気づく。行為中にお互いの好きな人の名前を呼びあう(確か男は呼べなかった)、男と女のそれに、なんて悲しい、なんて人間らしいと、体が唸る。平気なフリしているのが馬鹿みたいだ。素直に泣いたらいいよ、苦しいと叫べばいい。鳥のさえずりよりも先に聞こえた子供の"鳴き声"を、優しい秋風がこの日々へとそう運んだ。

 

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