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思いついたときにただ色々書いています

麦雨

 

 雨の音と扇風機の回る音が入り混じり、それはもう完全なる「夏」。最近は太陽の光が当たらない梅雨のせいで、暑いというより"蒸し"暑く、気温自体はそこまで上がらないために足が冷えると言いながら、母は眠るとき靴下を履いた。五本指のソックス。指それぞれに違う絵柄が描いてあって、中指の灰色猫が、我が家で飼っている子猫に似ていると笑う。

 可愛がっている外猫は、雨が降る日は出歩かず、我が家の猫たちの様子を見るようにデッキのベンチに横たわる。晴れている日は散歩や狩や、他の家に挨拶周りにでも行っているのだろう、ここ最近はやたらとこの家に来るなあ、なんだか外の世界は自由でよいなあと、内側の猫たちはそんな外猫を羨ましそうに見上げる。猫の世界にもないものねだりがあるなんて。そして猫たちは皆、空から降る雨たちを不思議そうに見上げる。

 


 傘を持って海に行けば、一面灰色の海を、気が済むまで眺めていた。雨音と共に波音を聞いて、やかましいほど水を感じる。決して濡れまいと、がんじがらめに履いた靴下とスニーカーで、やっぱりこうしたいと海に足を突っ込んで、帰り道に最悪だとごねる。途中寄ったサービスエリア。車から降りる人々は傘も差さずに屋根のある方へと走っていた。一服をすませて、人気のないソフトクリーム屋を見つけてしまえば、億劫な帰り道を少しだけ明るくする、バニラとチョコレートが綺麗に交差するソフトクリームを買った。律儀に五百四十円を、財布を濡らしながら探して払う。「またおいでね」と子供に言うみたいに、おばあさんが笑った。もう二度と来ないんだろうなと"さえ"思わなかったサービスエリア、また来てみたいなと思った。

 


 子供の頃、車窓に貼りつく雨粒をずっとなぞっていた。数多の粒たちの行末が気になって、見つめたあと、指でなぞる。すると粒がだんだんと合わさって、大きくなって、車窓の中でも一番大きな雨粒になって、水たまりのようだと思った。「あとどれくらいで着く?」「まだまだだよ」「何時間くらい?」「二時間くらいかな。眠っているといいよ」。運転席の父の声は少し遠い。道路の水たまりにタイヤが擦る独特な音の方が近い。目的地に到着する二時間後、目が覚めたら晴れているといい。車窓の雨粒たちがみんな消えて、光になっていたらいい。そう願いながら目を閉じた。

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