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思いついたときにただ色々書いています

さっきよりももっと大切でくだらない話

つるっとした手触りの箱を開けると、ブルーベリーの甘い香りがする。子どもの頃、車を運転する父親が噛んでいたガムみたいな香り。子どもみたいに、どれにしようかなんて選ばない。ライターを握り締めた手で1本を掴み、いつの間にか箱はポケットの中へと戻る。夏はそんなこともないんだけど、風が音を立てて吹く時間が長い冬は、火も揺れ、さすがのヘビーユーザーでも利き手じゃない方の風避けは絶対だ。


昔働いていたバイト先の店長が、どんなに混んでいても「深呼吸してくる」と言って、5分くらいいなくなる時があった。ひと口目、大事に吸って、吐く。とんがらせて緩まる口が愛らしい。ピーク時に空席を作る店長に「何が深呼吸だよ」という内側で呟いた独り言は、言えなくなってしまった。ブルーベリーの香りなんてしない煙を浴びながら、同じように肩を動かした。横隔膜が上がって下がるのが久しぶりに分かって、自分の身体に申し訳なく思う。だから彼らは、この時間を意図的に過ごすのか... そう思ったら、嫌な顔をしながら、いつの間にかこの時間に同席するようになっていた。


ベランダを開けるやかましい音が聞こえたら、その時間のシグナル。寒いのに、暑いのに、雨が降っているのに、虫がいるのに、さっきまでくだらない話をしていたのに。会話と会話が途切れる、ふとした瞬間に目配せして、何も言わずにベランダへと向かう。家のベランダはせいぜい2人が定員。彼らがいなくなると、忙しなく動かしていた口や手が止まり、こちらもゆっくりと呼吸...いや、深呼吸をする時間となる。窓ガラス1枚越しの2人は、深呼吸をしながら何を話す?さっきよりもくだらない話、さっきよりももっと大切でくだらない話、なのだろう。

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