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思いついたときにただ色々書いています

揺らぎ

夕刻。人声に招かれて、自室から一階のリビングへと向かった。戸を開けると、リビングを大きく包み込んでいるストーブから焚かれた温風が、私のいる冷たい廊下へと流れ込む。「気持ち悪い」と思った。気づけばそれを声に出していて、そこに居た人に「何が?」と問われた。

「ここの空気、最悪だよ。温かいけど、良い空気ではない」

「ほんとう?ちょっと換気しようか」

私のしかめ面を見たその人が、思い切り窓を開けた。廊下とはまた違う冷たさを纏った外の空気が、瞬く間にリビングを制した。

「揺らぎ、だ」

その人はそう呟き、ずっと居たんだろう、その場所からよいしょと、別の場所に身を動かした。

「揺らぎ?」

「人はこの揺らぎがないと駄目なんだ。気配が変わるのを感じると、胸が動いて神経が自律する」

「例えば?」

私とその人は、そこから例え話をする。揺らぎに該当し得る全てのことを羅列して、それを体験したことがあるかどうかを、互いに知らせて。

 

その人は、訪れた森で、植物の生を感じた時だと話した。歩いていたら突然、"ここからは人の入る区域ではない"と感じるラインがあったそう。その時に吹いた風が植物をざっと揺らして、植物が生きていることを全五感で感じたのだと。

 

そんな神秘的な体験を話されてしまえば、その後私から出る話は大したことがなかった。自身の気分転換のために淹れたコーヒー、触れる空気が澄んでいる。

 

積雪した朝、猫を抱いて外を歩いた。雪降る中、猫を抱いて外を歩いたことは無く、腕の中、体温を持つ猫が、空から降る雪を不思議そうに見つめて、やがて寒さに弱いことを周知するように震え出したとき、本来はこの雪に打たれぬよう何処か屋根を探して雨宿りしていたのだ、あの時出逢っていなければ、この子は今私の腕の中で震えることもなかったかもしれないと思った。今朝、知人の猫が死んだ話を聞いて、涙で腫らした目で、この子を見つめる。この子が愛おしくてたまらないという気持ちが、冷えた身体を満たしていく。

気が揺らいでいく。

 

揺らぎ、揺らいでいく。

 

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