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思いついたときにただ色々書いています

まん丸ビー玉

 わたしは承認欲求がとても高いから、こうして時折自分の話をお気に入りの手帳みたいなブログに書き留めては掲載しないと、何かとうまくいかないのである。ただのブログのことを”お気に入りの手帳みたいなブログ”とわざわざ言い換えるのは、小袋成彬が自身の曲”E,Primavesi”で、<あの言葉はお気に入りの嘘つきな君のブログにでも書きなぐるべきなのに>と歌うのを聞いて、なんかそれいいなと思ったから。この曲の<この世は全てがフィクション>という歌詞も好き。彼は以前インタビューで「自分の体験したことを歌にするだけ」と言い切っていたから、きっと<この世は全てがフィクション>で、私のブログも<お気に入りの嘘つきな自分自身のブログ>なんだと思う。


 あまりの暇(いとま)に耐えきれなくなって、仕事を早退した。
 こんな状況だし、安定した給料が付与される職業でもないので、今月の給料が平均値よりも下なのは意識していた。だから拘束時間が長くとも、ゆっくりと時が過ぎやがて時給が発生するために我慢しようとした、が、この日はなんだか耐えることができなかった。理由もあった。今朝家を出るとき、飼い猫5匹のうち1匹(この子はキジ猫で、年齢順に並べるとちょうど3番目、真ん中の女の子)がやけに足元を彷徨いて、「遊んで、行かないで」とわたしを下から見上げた。グレーのまん丸いビー玉の目がそう言う。その姿を思い出して、今すぐ帰って彼女を抱きしめたいと思ったから。それと、ちょうど彼女がわたしの部屋の棚を漁って、ゴム素材のアクセサリーを引きちぎった、という連絡が妹からきていたから。なんだか妙な予感がして、とにかく今すぐ家に帰らねばと思った。


 帰って、彼女を一目散に探したが、どこにも見当たらなかった。母に「どこにいる?」と聞くと、「上だよ、上」と、天井に備え付けられたキャットウォークを指刺され、彼女は見事にそこにいた。眠そうにしていたから、「寝ていたの?」と聞くと、「そうだよ。たった今起こされた」と言わんばかり、顔をむくりとわたしに向けた。彼女は顔がとても小さく、目は大きくて、鼻と口は小さい。スタイルも猫界の中ではモデル並の良さだろう。わたしが彼女の顔を撫でると、右手の中に顔がすっぽり収まった。「帰ってきたよ」「今日は何をしていたの?」「起こしてごめんね」「起きたら遊ぼうね」、それが彼女に伝わって、返事代わりの、ありったけのあくびを見せられた。
 妙な気がしたのは気のせいだった。「もしかしたら、引きちぎったゴムを食べてしまったかもしれない」と母に言うと、「確かに、なんだかこの子元気ないかもしれない」と、妙な気を信憑性が増すものにしたが、「でもこの子は頭がイイから、食べちゃいけないものってわかる」と、さらに信憑性が増すことを言った。猫の柄の種類によっても、ヒトの血液型のようにやんわりと特性があるらしく、例えば白猫はおっとりしていている、錆猫はとても賢い、茶トラは甘えん坊、三毛猫は好奇心旺盛、などで、その中でもキジ猫は慎重で気品高いらしかった。しかも彼女は5匹のうち真ん中、年上猫と年下猫をうまく取り持つ橋のような役、中高校2年の役を担っているせいか、判断力があり、空気も読める優等生タイプである。彼女がゴム製のおもちゃに目がないのは知っていて、そのゴム素材のアクセサリーを見つけて、遊んでいくうちに引きちぎるまでは想定内だが、彼女のその性格からすると、食べてしまうことはないだろう、一応経過を見ようと、しばらく彼女の側にいた。…しばらくして、彼女がいつものように走り回る様子を観測すると、妙な気がしたのはただの気のせいだと胸を撫で下ろした。


 母が図書館で借りてきた4、5冊の本の中から、<猫>がついたタイトルの本(最悪!母に名前を聞いたのに忘れた!)を手にとって、時間の有る限り読んだことを母に話した。「時間がなかったから最後まで読めなかった。何なら最初の章を読んで終わってしまった」、最初の章は、主人公が猫好きな友達の話を聞くシーンだった。その猫好きな友達は、飼い猫数匹以外にも餌をもらいに来る外猫数匹も可愛がっており、そのうち外猫に避妊・虚勢手術をしたり、名を付けたり、それを記録したりと、飼い猫同然の愛を注いだ。その中でも特別可愛がっていた外猫が、ある日突然パタリと家に来なくなったと言う。どこかで独り死んでしまったんだろうか、姿を見た最後の日は全くいつも通りだったのに、なぜ独りで死なせてしまったのだろう、その子を飼い猫として迎え入れるべきだった、そう主人公に号泣しながら話す。その猫好きな友達の状況が、全く我が家と一緒で、わたしは一瞬でその章を読み上げた。

「なんだけど、次の章で全然違う話してて、あ、猫の話から逸れていくのね、このあと気になるなと思ったんだけど。というかこの本、めっちゃウチと同じじゃん!と思って!」

「そうだね、最終的に猫の話ではなく、猫好きな友人の話になるね。でも面白かったよ、もう返却しちゃったけど」、母は続けて「私ね、その本を読んだとき、ウチと同じじゃん!とも思ったんだけど、それよりも町田康の”猫のあしあと”っていう本を思い出してね」と、やがてその”猫のあしあと”というエッセイについて話し出した。

「その本は、自分の飼い猫のゲンゾーの話で、ゲンゾーはとても人懐っこくて可愛くて、彼はそんなゲンゾーを愛していて、なんだけど、このまえ奥さんが拾ってきた野良猫が稀な病気を持っていて、飼い猫にも感染している恐れがありますって医者に言われて、言われるがままゲンゾーにワクチンを打ってしまう。次第にゲンゾーが衰弱していって、つい先日まで元気だったのに、本当に2日後とかに死んじゃうんだよ。それで彼は不審に思って調べると、医者がヤブ医者だったこと、野良猫がそんな病気を持っていなかったこと、不必要なワクチンを打ったせいで死んでしまったことに気づいて、自分がちゃんと調べずに、ゲンゾーにワクチンを打ってしまったことに、後悔と罪悪感じゃ治まらなくて、エッセイの中に直筆で”ごめんなゲンゾー”、”ゲンゾー、俺もそちらに行ってしまうか”って書いてあって」。

 

 わたしは母が話していくうちに、涙が溜まっていく透明のビー玉の目、母の目を見た。

「でね、ゲンゾーの写真もその本に載ってるんだ。それが、”あんちゃん”そっくりなんだよ」

 ”あんちゃん”というのは、ウチが最初に猫を飼い始めた頃、同時に引き寄せられるように来始めた外猫である。綺麗な黒模様を持った、凛とした女の子で、あまりのたくましさに、初めはみんな彼女を”ボス”と呼んでいた。ウチの猫をきなこ、もち、ごま、ずん、つぶ、と、おはぎに因んだ名前をつけたことから、”ボス”は餡子の”あん”になった。

「私、そのエッセイで、飼い主である筆者と同じ目線でゲンゾーを見ていたから、死んでしまって、筆者が書いた”ゲンゾー”って文字から伝うものがあって、私もこうして猫を飼っているから、本当に悲しくて」

「本当だ、あんちゃんそっくりだ」

「そう。かわいいよね」

「猫って本当に、みんなかわいい」

「ウチの猫たちも、ウチに通うあんちゃんも、他の猫も、みんなかわいい」

「うん」


 夕刻、母はカーテンを閉めようとする。すると5匹中5番目、末っ子の三毛猫”つぶ”が、窓にあるハンモックに飛び乗った。「つぶちゃん、ここで寝るのね」と母が撫でると、まだまだ身体の小さな”つぶ”の顔が右手3本指の中にすっぽりと収まった。あまりベタベタ触られるのが好きではない”つぶ”は「もうやめて!寝るの!」と、文句さながら強く「ミャー!」と鳴いた。「はいはいおやすみね」、そう言って母が撫でるのをやめると、”つぶ”は「もう終わり?」と、焦げ茶色のまん丸いビー玉の目で母を見つめた。

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