充電器のコードには色々種類がある。例えばiPhoneはLightningケーブル、ノートパソコンなどには USBType-Cケーブル、AndroidやワイヤレスイヤホンなどはmicroUSBケーブルが使われる。冬場はやっぱり空気が乾燥していて喉が痛むので、モバイル加湿器が必要だった。自身の部屋の、その山ほどあるケーブルの中から、加湿器を充電するmicroUSBケーブルを探す。 だがすぐに見当たらない。というか、そこにない。となると、すぐに犯人探しを実行する。
「妹(実際には名前で呼んでいる)、microUSBケーブルを知らない?」
「マイクロユーエスビー?なにそれ」
「イヤホンとか充電するときに使うやつ」
「あ〜」
所詮、microUSBケーブルという単語を出したところで、高校1年生の妹の検索ワードにはヒットせず、 勝手に持ち出したことへの代償として、「microUSBっていう単語も知らないのかよ」と、嫌味を言った。
ここまでの話を、順を追って説明しないと、誤解を生むことになる。
その日の朝、母は自身専用のワイヤレスイヤホンの充電器(母もmicroUSBなどという単語は知らない)を 探していた。家族全員に事情聴取して、最後に私のところへとやってくる。
「ねえ。お母さんのイヤホンの充電器、どこにやった?」
「イヤホンの充電器?」
「あの黒いコードだよ」
いや、それはわかる。microUSBね。
「妹(名前)に聞いたらさ、あんたが持っていったって」
いや、それはわからない。過去の記憶を辿っても、母のワイヤレスイヤホンの...いや、microUSBケーブルを持っていった記憶がない。俺は白だ。これは誰かの完全犯罪に過ぎない。 なんとか弁明を続けた。「いや、私じゃないよ。だって何のためにそのケーブルを持っていくの?」「私の分だけで、この量のケーブルがあるんだよ...」、喋りながら、(上記に記載した)昨日の出来事を、妹がテキトーに話したことを悟る。
洗濯物を干しながら「みんなママの物を勝手に持っていって、平気で無くすんだから」と、ボソボソと愚痴を言う母にタイムをもらい、犯人の妹の所へと向かう。 みんな朝は忙しい。通学前、支度する妹に「妹よ、お前はわかってない」「あの母親に説明をきちんとしないことが」「いかに冤罪を生むか」、そう問い詰めた。だが我が家の妹は、これはこれは末っ子ガール、 知識のある赤子、 平気で「何のこと?」と言うのだ。冤罪を突きつけられ、加えて証言者さえ捕まらない私自身の怒りのボルテージも、最高潮に到達しようとしていた。
そうして、晴れて私は無実放免されず、瞬く間に完全犯罪者になった。「なんとかしろよ」と一言母に勇気づけられ、私はしばらく、黙秘を続けることにした。
で、我が家で飼っている5匹の猫の末っ子(通称つぶちゃん)が、家の屋根に登る。
母の「やばい!!!」という叫びが聞こえる。
黙秘権を使っている私は、そんな出来事なんてスルーだ。なんせ、母が猫を逃す(屋根に登らせる)のは今 回が初めてではない。洗濯物を干しながら、サンルームとベランダの戸を閉め忘れ、何度もこのつぶちゃんを脱走させた。その度に<つぶちゃんベランダ出禁宣言>を声明してきたのに、未だ実施されていない。
だが今までは、二段階ある屋根の一段階目にしか登れていなかったし、母はその度に救出できていたから、まあせいぜい今回もレスキュー頑張れと思いながら、スルーを続けていた。しかしあまりの騒ぎっぷりに次第に心配になって、自分の部屋からベランダを覗いた。つぶちゃんは、そこにいない。そこにいないということはつまり、見事二段階をクリアした、ということだ。
「だめだ。チュールでもおもちゃでも、名前を呼んでも降りてこないし、なんなら姿が見えないから、もしかしたら反対側まで行ってるのかも...さっきカラスが2匹くらい飛んでたし、つぶちゃん小さいから連れて行かれちゃったかも...さすがに屋根の上は登れないから、どうしようもない...」
先ほどの私への怒りはどこへ消えたのか、母は珍しく悲観的な様子だった。私はその姿に、逆に怒りが込み上げてきて、「じゃあ私が屋根に登る」と言った。他の4匹の猫たちが、心配そうにベランダから屋根を見つめて「ニャーニャー」と鳴く。これは「なんとかしろよ!」というガヤなのか、もしくは煽りなのか。
「いや、お母さんがいく」、そんな私の威勢に影響されてか、猫たちの煽りを受けてか、母の闘争心に火 がついたのか、先ほどまでの諦めは消え、物の数秒で一段階目の屋根に登る母。私はこの人の子供だ、と感 心して、microUSBの件は許してやろう、あとで一緒に探してやろうとまで思えた。しかも、「これは記録になるから」と、救出の様子を動画に撮れと言うのだ。
つぶちゃんも所詮、好奇心旺盛な”家猫”なので、”外猫”とは違い、屋根の上からの景色に圧倒されている ようだった。目の前に見たことのない世界が広がっているのは、好奇心と感動を生むのと同時に、恐怖も生む。結果的に「怖い」「助けて」と、母のところまで降りた。失敗は許されない、ギリギリまで待って、見事に救出は成功した。
「もーー!つぶちゃんのばか!!!」
家族全員で、つぶちゃんの捕獲成功を喜ぶとともに、つぶちゃんのオテンバさに手を焼いた。もうこれ以上、<つぶちゃんベランダ出禁宣言>を許してはいけない。許した暁には、全責任は母にある。文句と公約を言うと、この懲りない母、「でも、他の猫は屋根に登ったりしないのに、外で日向ぼっこできないのはかわいそう」とか言うんだ。この人、つぶちゃんと同じくらい懲りない。
「でもそうだね。これでつぶちゃんが屋根から死んじゃったら、実のお兄ちゃんである”ずん君”がかわい そうだもんね。ママが救出しているとき、ずっと足元で心配そうだったもん」
「唯一の可愛い妹を失ったら悲しいよ」
「ずん君だけじゃなくて、家の末っ子猫がいなくなったら、”きなこ”も、”もち”も、”ごま”も、悲しいよね」
母はそう自分に言い聞かせた後、<つぶちゃんベランダ出禁宣言>を、重く再宣言した。
冤罪問題、救出作戦、2つの出来事が一瞬で片付いた後、見事、microUSB...母のワイヤレスイヤホンの充電ケーブルも見つかり、事態は穏便に終わりを迎えた。しかし、どちらも<末っ子>が巻き起こした事件 であったが、その両者共が反省する様子も未だない。これからも我が家は、この<末っ子>という存在に手を焼き続け、命がけで葛藤していく。